犬に首を咬まれてから1年

犬に首を咬まれて入院してから、ちょうど一年になる。あのときは大変だった。去年の6月15日夕方、私は普段から仲良くしていた近所の犬に会いに行った。彼はまだ若いオス犬で、犬種はハスキーサイズの雑種だった。機嫌の悪かった彼は、近づいてきた私に飛びかかり首を3度も咬んだ。私は痛みも恐怖も感じなかった。けれど、たまらず倒れた私は、転がるようにして綱の届かないところに逃げた。それから5分ほど意識を失っていたのだろうか、ふたたび目をひらいた私は携帯電話で救急車を呼んだ。倒れた場所が犬小屋の陰だったので、もし意識を取り戻さなかったら死んでいただろう。
まもなくサイレンが聞こえた。私は過呼吸の状態で救急車に乗せられ、阪大病院の救急救命センターに運ばれた。動揺していた私は医師に助けてくれと懇願した。危険な状態だったので、すぐに手術が行われた。生まれて初めての全身麻酔、かなり難しい手術だったらしい。破傷風などの感染症を予防するために傷口を洗浄する必要があったのだが、部位が頚動静脈のそばだったので慎重にメスを入れなければならかったのだ。幸いに私は優秀な外科医に恵まれ一命を取り留めた。その日のうちに、最終の新幹線で福岡から父がかけつけてくれたそうだ。父は納期直前で不眠不休だったらしい。とても嬉しかった。
病床で聞いたところによると、私は直径3センチ、深さ2.5センチの傷を負っており、牙はあと0.5センチで頚動脈に達していたそうだ。もし現場で頚動脈が切れていたら即死だったという。さらに頚動脈が切れていなくても、洗浄術が行われかなったり不十分だったりしたら、傷口が化膿して致死的な感染症に陥っていたそうだ。運ばれてきた私を見て医師がもっとも恐れたのは首の破傷風であり、手術前に破傷風トキソイドとテタノブリン(抗破傷風ヒト免疫グロブリン=一種の血液製剤)を注射されていた。
入院は1週間に及んだ。ずっとICUに閉じ込められていた。首を起こすと窒息死するおそれがあるので、最初の2日間は20度以上首を上げることが許されなかった。そのあいだ、尿道にチューブを差し込まれ、食事も看護婦さんに手伝ってもらうという、徹底した病人生活だった。危険な状態が過ぎてからは自由に動くことが許されたけれど、最後まで風呂はひとりで入ることができなかったので少し恥ずかしかった(少し嬉しかった)。当時の恋人が毎日見舞いに来てくれたのが救いだった。
ICUは異世界だった。一歩外に出れば慣れ親しんだキャンパスがあるはずなのだが、そんなことは信じられなかった。急患が3人ほど死んだ。遺族が泣いていた。ときどき同年代の看護婦・看護士さんと話をした。みんながんばって働いていて偉いなと思ったけれど、もちろん人柄はそれぞれであって、看護婦同士の仲たがいの声も聞こえた。2人組の刑事もやってきた。飼い主に過失はなく、一方的に私が悪かったのだと伝えた。大好きな犬が処分されてしまわないか心配だったのだ。
教授の後ろに複数の医師が付いて回る「行列」も目にした。教授は偉いんだなと思った。教授は「この子は退院させてあげて、抗生物質は経口にしたらいいんじゃないの?」と言った。主治医はその場ではわかったような顔をしていたが、後で私のところにやってきて「教授はああ言ったけれど、もしものことがあったらいけないから、あなたにはもう数日入院してもらって、点滴で抗生物質を投与するね」と言った。教授よりも主治医のほうが偉いと思った。
入院中は人の声で眠れなかったり、傷口が痛んだり、それ以上に抗生物質の点滴が痛かったり、自分の弱さを感じた。メガネを犬に破壊されていたので本もテレビも見ることができなかった。ひたすら暇だった。入院してから1週間後に退院の許可が下りた。私はICUから外に出て、そのままひとり徒歩で帰宅した。
1ヶ月ほどで痛みは取れ、後遺症は皆無であった。あのまま死んでしまえばよかったなと思うこともある。けれども、主治医、両親、(当時の)恋人、そして犬のことを考えると、あのとき死んでいたら申し訳が立たなかったろうなと思い直す。そんな無礼で不謹慎な私は今も生きている。あれから1年が経つ。